東日本大震災によせて




音楽で神戸からの恩返し。
COMIN'KOBE 実行委員長 松原裕さん



― COMIN'KOBEを始められたきっかけと、どういった想いで運営されているのかを教えて下さい。

阪神淡路大震災が起こった時、僕は中学三年生でした。高校受験の受験勉強に追われ毎朝早朝学習として朝6時に学校に行ったりしていました。そんな中で地震が起きたので学校の授業は中止になり、学校に行かなくてよくなりました。初めての受験にプレッシャーを感じて憂鬱な気分だったので、不謹慎なんですが、その時は正直「ラッキー」だと思っていました。大変な事だとはわかっていたんですが、非日常な状況に浮かれていましたね。原付で二人乗りしても止められないし、コンビニもガランとしていて、パンも取り放題だったり…といった状態でした。
実家のあった北区は比較的被害は大きくありませんでした。といっても家の前の電柱が倒れていたり、家の中の棚は倒れたりしていましたが、生活に支障はほとんどありませんでした。水道や電気も確か一日ほどで復旧したと思います。そういった経緯もあって、そのまま高校も受験なしで合格しましたし、その後は普通に生活をしていました。
20歳くらいになってバンドを組んで、そこで初めて兵庫県から出ました。MCで「神戸から来ました」と言うと皆さん心配してくれて、ドリンクをもらったりしました。その時初めて「こんなに心配されていたんだな」と感じました。「大変だったでしょ」って声をかけられると「大変でした」って言うしかなくて…。でも実際は当時、そんな意識は無かったので罪悪感を覚えました。その後、神戸に帰って改めて震災について考えました。仕事が無くなる大変さや今住んでいる家が無くなったらどの様なことになるのかなど、社会的被害を具体的に考えるようになって、当時の自分に腹が立ち「今から何かやれることはないか」と思うようになりました。
自分達は震災を知っている最後の世代になっていきますよね。だから、伝えていくことが必要だと思いました。新聞やテレビでは固くしか伝えられないですし、そうじゃない方法じゃないと意味がないと感じました。何か、楽しみながら気づいてもらえる様なものを作りたいと思い、自分が音楽をやっていたこともあって、ミュージックイベントを立ち上げようと思い立ちました。

― 立ち上げようと思ってから実際にやられるまでにはどの様な苦労がありましたか。

まず、場所探しが大変でした。イベントをやるとなると東遊園地しか思い浮かばなくて。でもあの場所は国営なので神戸市はダメだということでした。管理者の方と相談しながら企画書を作り、いろいろ話をして、8月の直前、3月か4月にやっと通りました。
それと運営費が必要なので並行して行いました。協賛助成金が最大で400万円ありましたが、同等額の自己資金がないとダメだという規則だったので、400万円の資金を集めるために企業を回ったりして助成金を集めました。それまでライブハウスしかやってなかったので、パワーポイントの使い方や企画書作りも初めてで、手探りで調べてながらやったのが印象に残っています。
更に出演して頂くアーティストの呼びかけも並行して行っていました。今でこそ写真等があるので、パッと伝わるのですが、一回目のイベントなので、やはりなかなか出てくれる人は少なかったです。人が集まらないと意味がないので、アーティストさんを説得するのに時間が掛かりましたし、ブッキングはやっぱり困りましたね。いろいろ話はあるんですが、協賛金を集める為に企業を回っていると「神戸って言えばガガガSPだよね」って声を聞きました。実は、ガガガSPさんは先に同様のイベントをやっていて、それを見て自分もやろうと思った部分があります。でも、同じ歳で同じバンドマンということもあり、正直ライバル意識があってなかなか声を掛けることができなかったんです。しかし、そんな変なプライドで呼ばないのはおかしいと思い立ち、勇気を出して電話をしたんです。実はその時ボーカルのコザック前田さんはパニック症候群の闘病中で大変な時期だったんですが、その前田さんから「どんな強い安定剤飲んでも出るわ」という言葉を掛けてもらって、すごく勇気をもらいました。

― フェスに来られたお客さんのご感想や応援メッセージで印象に残っているものはありますか?

応援のメッセージなどをたくさん頂いて、本当に励みになっています。
特に印象に残っているエピソードがあるんですが、仲良し4人組のうち、阪神淡路大震災によりそのうちの1人が亡くなってしまい、みんなバラバラになってしまった女の子達がいて、このイベントの第1回目に、みんなで連絡を取り合って集まったそうなんです。Tシャツを4枚買ってくれて、イベントの翌日に3人で亡くなった子のお墓参りに行き、Tシャツを置いて帰り、それを毎回続けているそうです。これを聞いて本当に励みになりました。

― アーティストさんからの出演依頼もありますか?

そうですね。今はそんな状態です。嬉しい悩みです。

― 1年目から無料でお客さんを呼んでおられるのですか?

はい。無料にはこだわって一年目からやっています。商業イベントと捉えられたくないですし、「なんで無料なんだろう?」という疑問が考えるきっかけになればと思っています。

― 東日本大震災が起こってからお気持ちに変化はありましたか?

一年目のイベントを開催した時から、新潟や能登の被災地に恩返しをしようと、募金を集める活動を行っていました。しかし東北の未曾有の大地震を経験し、その意識は更に高まりました。

― 東北の方々との交流はありますか?

一番交流があるのが盛岡です。震災の一ヶ月前の2月11日に、「街の活性化」というコンセプトのイベントに盛岡市から呼んで頂いて、COMIN'KOBEの話や阪神淡路大震災の講演を行い、イベントを通して盛岡の皆さんと仲良くなりました。そのちょうど一ヶ月後に東北の大震災が起こったので、何か運命のようなものを感じました。
その年は盛岡駅に大きなスクリーンを出して、COMIN'KOBEの映像を生中継しました。そこに現地の飲食店のみなさんに屋台を出してもらい、東北から来られない人たちに楽しんでもらうという企画を行いました。

― 今後もイベントは続けていかれる予定ですか?

そうですね。できる限り続けていきたいです。

― 続けていかれる中で、思いの変化はありましたか?

最初に抱いた思いに変化はありません。しかし最初の頃は、これ意味あるのかな?って迷ったことが何度もありました。運営費をまるまる募金した方がいいんじゃないか、どこまで響いているのか?と。
誰かに負担があるとイベントは続かないと思います。全員が何かの形でプラスにならないといけないと思っています。東北の地震があった年、3月に地震があり、5月にイベントを行いました。2ヶ月感であの規模のイベントを準備することはできません。すぐに動けたのは、続けていたからだと感じました。今後も「意味が分かるまで」は続けていきたいなと思います。

― COMIN'KOBEには20代前半の若いお客さんが多いと思いますが、そういった方々に伝えたいメッセージはありますか?

具体的に言うことはあまりないんです。強制は嫌いなので。ただ、何か得て、何か感じてもらえるきっかけになって欲しいと思っています。そのきっかけ作りの場を提供させてもらっているつもりです。ヒントはいっぱいあると思います。ボランティア精神だとか、助け合いだったり、地震について目を向けてもらえればいいかなと思います。災害により明日死ぬかもしれない、だから今日を精一杯生きると思ってもらえるだけでもいいことだと思います。それはアーティストさんにも同じで、にもそれを感じてもらいたいです。

― 人と防災未来センターさんとの取り組みについてはどうお考えですか?

同じ様に何か起こそうとしている人と触れ合えたことはすごく意味がありました。
人と防災未来センターさんがあることによって、同じ思いの人が集まれる場所があり、出会いがあるというのはとても意味がある事だと思います。なんとしてでも一緒にやり続けたいと思い、毎年声をかけさせて頂いています。自分自身が知らない事がまだまだ多いので勉強させてもらう機会が多いです。
神戸市に住んでいたら小学校の時に、人と防災未来センターに行くんですよね。そういった経験がある神戸の人は人防について知っていると思うんですが、それ以外の人に「人と防災未来センター」と言ってもなかなか伝わらないと思います。私自身、こういう経験がなければ分からなかったですしね。でも、実際に行ってみたら素晴らしさに気付きましたし、それと同時に「知らないのはもったいない、みんな行ったらいいのに」と思いました。ですから、このイベントを通じて人と防災未来センターについて多くの人が知り、行ってもらえる人が増えるなら嬉しいです。

― このイベントを計画、実行、そして反省の為に、多くの時間が必要だと思いますが、ご自分の時間は、この為にあると考えていますか?

このイベントがなかったら今の自分はなかったと思います。COMIN'KOBEによって、今の自分は形成されているとさえ感じています。なので、このイベントに感謝しています。ただ、このせいでストレスもたまります。子どもとの時間も無くなるし…。そんな複雑な想いもありますが、このイベントを行うことによって、結果的にライブハウスの経営にもプラスになっていると思いますし、やはり意味深いものだと感じますね。

― 協賛を集めるのはお一人で行っているんですか?

基本的に一人です。なるべく何社かまとめて行くようにしています。
たまにその1時間の為に東京へ往復する時があるのでその時はスケジューリングに失敗したかなと思ったりもします。1年目の時は金髪でボロボロのジーパン履いて行っていたんですが、ふと鏡をみて「これは通らないな」と思い、それ以降、髪を黒くしました(笑)。マーケティングの部署などに行ってもなかなか通らないものです。ほとんど社長さんと会って、飲みながら話をしました。中小企業さんほど、継続して協賛していただいています。

― 今年は十周年ですね。

はい。今年は会場をひとつ増やし、さらにたくさん来ていただけるように考えています。

― 当日のスタッフの方々はどうされているんですか?

大阪、神戸の大学や専門学校の入学式の時に新入生への説明会があるので、その時に出させてもらって、そこでボランティアスタッフの募集を行います。昨年は約700人のボランティアスタッフが集まりました。専門的なスタッフを除いてほとんどが学生スタッフです。

― COMIN'KOBEとは一言で?

「神戸からの恩返し 入場無料のチャリティーイベント」です。また「きっかけづくり」もテーマのひとつです。

― 東北の方にメッセージは?

直接言うのは苦手なので…。
だからこそ、今後も行動や形で表現していきたいと思います。




松原裕さん 34歳
COMIN'KOBE実行委員長、ライブハウス太陽と虎代表、株式会社パインフィールズ代表取締役。兵庫県神戸市出身。「阪神大震災で全国から受けた恩返しを神戸から届けたい」と、震災10年目の2005年から無料ロックイベントCOMIN'KOBEを開催。

【リンク】
COMIN'KOBE
MUSIC ZOO KOBE 太陽と虎
株式会社パインフィールズ







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